大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和49年(ワ)3607号 判決

原告 澤谷裕市

原告 澤谷たつ

右訴訟代理人弁護士 田中英雄

右同 榎本武光

被告 荒川区

右代表者区長 國井郡彌

右訴訟代理人弁護士 佐久間武人

右同 柳井義郎

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告澤谷裕市に対し四二五万三五五一円、同澤谷たつに対し三九五万三五五一円を各支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外亡澤谷由美子(以下亡由美子という)は、東京都荒川区立第六中学校二年に在学中(当時一四才)の昭和四四年一一月一四日午後二時頃、同校グラウンドにおいて体育実技の授業中ハードルを越えた後転倒して路面に頭部を強打し、頭蓋底骨折、頭蓋内出血の重傷を負い、そのため同月二一日午前四時五五分頃東京都荒川区町屋三丁目二三番一四号寺田医院で死亡するに至った。

2  本件グラウンドは、東京都荒川区立第六中学校のために設置された被告の営造物であり被告の教育委員会が設置管理しているものである。

3  ところで、中学校の体育用のグラウンドは、その目的から安全性が特に要求され、体育実技の訓練中に生徒が路面に転倒することは経験上からも充分予測されるところであり、自然土またはそれに準ずる弾力性ある材料を使用することが安全確保上必要である。しかるに、被告は本件グラウンドを、弾力性に欠けるため転倒した場合に危険度の高いアスファルト敷にした。従って本件グラウンドは運動施設としての安全性を欠き、設置または管理に瑕疵があったということができる。

4  本件グラウンドが前記のような瑕疵のない自然土のように弾力性をもったグラウンドであれば、亡由美子は右転倒によっても前記傷害を負い死亡するには至らなかった。前記グラウンドの設置または管理の瑕疵により本件事故が発生したものである。

5  原告両名は、亡由美子の実親であり法定相続人である。

6  亡由美子は、事故当時一四才の健康な女子であり一八才に達すれば就職し、六三才まで収入を得ることができたものである。昭和四四年一一月現在の産業別常用労働者賃金(女子)は、事業規模三〇人以上の事業所での平均月額は三万一二二九円であるから、同人も少くとも右平均賃金の取得は可能であった。そこで右賃金を基準にしてホフマン式計算法により生活費を二分の一控除して算定すると、亡由美子の逸失利益は三九〇万七一〇二円となる。

原告らは、法定相続分に従い各自右逸失利益の二分の一づつの損害賠償請求権(一九五万三五五一円)を相続するとともに、慰藉料として相当額の各自二〇〇万円を請求する権利を有し、さらに原告澤谷裕市は葬儀費として三〇万円を支出して、同額の財産上の損害を蒙った。

7  よって、原告らは被告に対し、国家賠償法二条により請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1および2の事実は認める。

2  請求原因3の事実中体育用グラウンドに安全性が要求されること、本件グラウンドがアスファルト敷であることは認めるが、その余の事実は否認する。

3  請求原因4の事実は否認する。

4  請求原因5の事実は認める。

5  請求原因6の事実は不知。

≪以下事実省略≫

理由

一  訴外亡澤谷由美子(当時一四才)が、昭和四四年一一月一四日午後二時頃、東京都荒川区立第六中学校のアスファルト舗装されたグラウンドにおいて体育実技の授業中、ハードルを越えた後転倒し、アスファルト舗装面に頭部を強打し頭蓋底骨折、頭蓋内出血の重傷を負い、そのため同月二一日午前四時五五分頃東京都荒川区町屋所在の寺田医院で死亡したこと、本件グラウンドが被告荒川区の営造物であり、同区の教育委員会がこれを設置管理しているものであることについては当事者間に争いがない。

二  アスファルトグラウンドの安全性について

≪証拠省略≫によれば、小中学校の体育用グラウンドとして一般に自然土、アスファルト(またはアスファルトとコンクリートを混合したアスファルト・コンクリート)、自然土に砕石土等を加えこれを加工して水はけをよくしたダスト、アスファルトまたはコンクリートの下地の上にゴム状の素材を塗ったウォークトップおよび芝生の五種類のものがあること、東京都学校保健会養護教員部会が東京都内の小中学校を対象として昭和四九年に行った小中学校グラウンドについてのアンケート調査結果によると、教師らにより、アスファルト・コンクリート(以下アスコンという)舗装の校庭に起因する疾病として頭部、足部の打撲傷が多いこと、膝下の骨の痛みを訴える児童が多いことがあげられ、アスコンの弾力性に欠ける材質が問題とされており、昭和四九年四月から同年一〇月まで六か月間の児童における外傷の発生率(在籍児童数に対する外傷発生件数の百分比)はアスコンが六七・一%と最も高く、次いでダスト五八・一%、ウォークトップ五二・九%、自然土四四・二%であり、アスコンからウォークトップへ改装した場合傷害発生率が2/3に減少すること(特に骨折事故が減少すること)、以上の事実が認められる。

一般に、自然土に比して、アスファルト或はアスコン舗装が、その材質上弾力性において劣り、転倒等による衝撃に対してこれを吸収する能力において劣ることは経験則上明らかなところであり、かかる事実と、前記認定した各事実を綜合すると、体育実技或は休憩時間における運動、遊戯等のため急激な活動をなす場所として使用されることがその用途の重要な部分をなす中学校の校庭(グラウンド)を、アスファルト或はアスコン舗装とすることはその運動施設としての機能上、安全性の点において欠けるところがあったものということができる。

しかしながらグラウンドが、現在一般に用いられている材質である限りにおいては、その発生率に相違があるにしても、事故の発生は避け難いものであることは既に認定したところから明らかであり、従って、本件事故において、原告が主張するようにグラウンドが自然土或はこれに類する材質によって造成されていた場合に、亡由美子の受傷或はそれに伴う死亡の結果の発生を防止し得たとするためには、亡由美子が転倒した際の衝撃の程度、自然土とアスファルト舗装における転倒の際の人体に対し与える影響の差異等を具体的に確定し、判断するのでなければこれを結論することはできない。

三  そこで、亡由美子の受傷およびそれに伴う死亡の事故が、右グラウンドがアスファルト舗装であったことに起因するとみられるか否かについて検討する。

前記当事者間に争いのない事実、≪証拠省略≫を綜合すると、次の事実を認めることができる。

本件事故のおきた昭和四四年一一月一四日のハードル実技の授業は、既に五〇分授業で八、九回の練習を経た後の最終評価として行われた。亡由美子は、六・五メートル間隔におかれた高さ六〇センチメートルのハードル五台のうち第二ハードルを越えようとした際、脚をハードルにかけてそのまま前方に強く板を叩きつけるような状態で転倒し、身体の前面をグラウンド面に強打し、そのまま起き上ることができなかった。指導中の教師訴外山根テル子がこれを目撃して直ちにかけ寄ったところ亡由美子は左手を胸の下にし、左顔面をグラウンドにつけて倒れており、左耳から気泡を含んだ出血があった。直ちに同校に居あわせた校医の診察を受けた後救急車で前記医院に運ばれ入院した。同人は、同日午後三時頃より意識が混濁しはじめ、翌一五日午後三時三〇分意識が消失し昏睡、左半身マヒの状態に陥り、同月二一日頭蓋底骨折、頭蓋内出血のため死亡した。

右認定した事実からすると、亡由美子は第二ハードルの跳躍に失敗して、走行および跳躍の惰力により前方に投げ出され、左側頭部および左顔面をグラウンド面に強く打ちつけたものと推認することができる。

亡由美子が転倒した際の状況が右認定のとおりであるとするならば、転倒の際の衝撃の程度は、通常の転倒の場合に比して相当強い衝撃があったものと認められるのであり、右衝撃の程度からすると、グラウンドが自然土或はこれに類する舗装であった場合に亡由美子の受傷またはこれに伴う死亡の結果の発生を避け得たと断ずるにはなお相当に疑問があるというべきであり、他に全ての証拠を検討しても、グラウンドが自然土或はこれに類する材質で造成されていたならば右事故の発生を避け得たと認めるには十分な資料がない。

≪証拠省略≫は、その内容を検討すると判断の資料において推定にわたる部分が多く、その結論においても、「非舗装校庭の場合致死的な頭蓋内損傷にまで至らなかった可能性はあると考えられる」という程度に止まり、自然土であれば死亡の結果を避け得たものと認めるに足りる十分な証拠ということはできない。

四  してみると、本件グラウンドが運動施設として安全性の点において、より適切な自然土或はこれに類する材質によらず、アスファルト舗装であったことと、亡由美子の受傷または死亡の結果の発生との間の因果関係について立証がないというのほかなく、従ってその余の点について判断するまでもなく原告らの本訴請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 寺澤光子 裁判官 川上正俊 裁判官米里秀也は合議成立後職務代行を解かれたので署名捺印することができない。裁判長裁判官 寺澤光子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例